cchhiiaakkii:

女の子の腹の中なんてこんなもん

cchhiiaakkii:

女の子の腹の中なんてこんなもん

Reblogged from 反応積層

oyasumi-asuka:

Jojo’s Bird-zarre adventure! 

Reblogged from DON'T STOP LOVIN'
dvdp:

140329hiding for a while. it was all too much

dvdp:

140329

hiding for a while. it was all too much

Reblogged from dvdp

開高健の言葉を思い出す。


「一旦知ってしまえば、知らなかった時には戻れない。
本にせよ、スーツにせよ、シガーにせよ、酒にせよ、
別に知らなくても生きてはいける。
でも知ってしまえば、それなしの人生など耐え難くなる。
つまり知識や経験は人生に悲しみも もたらす。
より多くを、より良きものを、よりスリリングなことを
知ってしまったがために、当たり前の日常に感動できなくなる。
それでも、知らない平穏よりも知る悲しみのある人生の方が高級だ。」

Reblogged from 反応積層
『どうせ俺はコミュ障だし…』と嘆いている若者のみなさん!社会には『おい!』『アレだよアレ!』だけで話が通じると思っていたり、それが通じないと『なんでわからないんだ若僧が!』と逆ギレするスーツを着て白髪を生やしているコミュ障がゴロゴロしているので心配しなくても大丈夫
Reblogged from igi/Tumblr

ある芸術家が餓死寸前の犬を展示して「犬の餓死」という芸術を発表した。
しかもこれはまだ最初の布石に過ぎず、私が表現しようとする芸術の準備段階だと宣言した。
「犬の餓死」だけでも非人道的なのに、それが準備段階に過ぎないと宣言したことで、様々な人から非難が集中した。
ネットでは芸術家のブログは炎上し、自宅には反対するグループが押し寄せ、それらをマスコミが取り上げ更に盛り上がり、収拾がつかない程に社会問題化した。

それを受けて芸術家は新たなコメントをした。次の展示に使う犬は保健所で処分される予定の犬を使用することにします。
助けたい人がいらしたらどうぞご自由に。次の展示が行われる日、展示される美術館では初めて開館前に行列ができていた。
鉢巻をして襷をかけたいかにも抗議団体ですという集団や、興味本位で初めて美術館に訪れましたというような一般人、
そしてそれらを面白可笑しく撮ろうする撮影人。100人以上の人が集まっていたので美術館はいつもより早く開館した。

開館するや否や、皆早足で「犬の餓死」が展示されている前に集まった。前回と同じように動く元気もないような犬が元気なく伏せっていたが、
そこに立ててあった看板だけは前回と違った。「助けたい人がいらしたらどうぞご自由に。」展示の前に集まった皆が静かに周りを伺う。
多くの人が降りる停留所なのに停車ボタンを皆なかなか押さないバスの空気に似ていた。そんな中一人の老婦人が静々と手を挙げた。
この犬を引き受けたいのですが。すると奥から芸術家が現れてわかりましたと犬の縄を看板から解き、老婦人へと手渡し、また奥へと下がっていった。
縄を受け取った老婦人が屈み「もう大丈夫よ。」と犬の頭を撫でると自然に拍手が巻き起こった。

しかしそんな中、芸術家は奥から飄々と現れ、また連れてきた犬を看板に繋いだ。
どういうことだと詰め寄られるが特に気にすることもなく、今日は10匹連れてきましたから後9匹いますよ、と答えた。
人々は唖然としたが一度できた流れは変わらず、次々と挙手する人が現れた。
自分が引き受ける、いいや自分が引き受けると、我先にと手を挙げた。
芸術家は機械的に受け渡しを9回済まし、その日の展示は終了した。マスコミはその様子を何度も放映し、国民もその美談に酔いしれた。

8 : モズク:2009/09/24(木) 04:23:28.62 ID:AX8ADtbS
芸術家はその後も精力的に展示を行ったが「犬の餓死」が完成することはなかった。
どこの美術館でも用意した犬は全て貰い手が現れたからだ。それは数を増やしても変わらなかった。
展示の度に生成され続ける美談が一大ブームを作っていたからだ。そしていつしかある噂が囁かれていた。
あの芸術家は処分予定の犬達を救うためにこんな展示を始めたんじゃないだろうかと。

しかしある時、芸術家は突然展示をやめた。ブームの最中だったから人々は不思議がった。
そしてとある記者が尋ねた。「噂では処分予定の犬を救うためにこの展示をしていたとのことですが本当でしょうか?」芸術家は答えた。
「いいえ違います。それにもしそれが目的ならば展示をやめるなんておかしいでしょ?」もっともな話だった。
「では何のために展示をして、そして何故展示をやめられるのですか?」芸術家は答えた。
「それはこれからわかります。そして私の準備はこれで終わったので展示をやめます。どうぞ皆様これから行われる出来事をお楽しみください。」展示は終わった。

謎めいた発言は一時的に話題にはなったものの、その後も特に何かが起こるわけでもなかったので、
すぐに忘れ去られた。そして数ヶ月後。奇妙な現象が起こり始めた。全国各地の公園などに痩せ衰えた犬が次々と放置され始めたのだ。
「助けたい人がいたらご自由に。」と書かれた言葉と共に。引き受けたはいいものの、流行と偽善の気持ちから挙手した人が殆どで、
数ヶ月もする頃には飼うことが嫌になっていた。どうしたものかと考えつく先は皆同じで、それが芸術家と同じような手段だった。
直接捨てたり保健所に連れて行くよりも心が痛まない。悪いのは助けることができたのに、
助けることなく見ていたやつだと。かくして「犬の餓死」は完成した。多くの人の手によって。

コピペ新聞 - 犬の餓死 (via konishiroku)
2009-09-24 (via gkojax-text) (via gkojax) (via yaruolikes) (via yaruo) (via yu5yam) (via theemitter) (via sytoh)
Reblogged from 反応積層

摩擦を乗り越える経験をしなかった人は、それなりの年齢になっても「本当は俺、これではダメで、別のやり方をしないいけないと思うんだけども、上がああいうから……」としぶしぶ従うものの、内心では満足していない“悩める管理職”になってしまいがちです。

一方で“悩める管理職”は、好き勝手に“自律”した行動を取ろうとする社員の振る舞いがガマンなりません。「俺は耐え忍んでいるのに、その苦労も知らないで好き勝手な行動をするな!」と。その複雑な感情を“自律”しようとしている社員にぶつけてしまいます。かくして、役割としては統合律の仕事を任されていながら、結局は他律の世界で生き、自律しようとする社員を抑圧する管理職が増えていくわけです。

 逆の立場にあって、自律を志向し自分なりの道を究めて一流の段階に上がろうとする人も大きな問題に直面します。他人と同じことをしていたら本当の意味で一流にはなれませんから、一流を目指す人は自分なりの考えに基づき、新たなことに違った方法で挑戦しようとします。ところが、日本の組織で同調圧力にめげずに人のやらないことをしようとすると「変人」扱いされるのです。

 日本の多くの組織では、変人は“使いにくい奴”と評価されてしまいがちです。また、変人の側は変人の側で、自分なりの世界観や一流の技術・能力を持たない悩める管理職に対して、非協力的な態度を取りがちです。重要な会議をサボったり、協力して何かを成し遂げなければいけない大事な時に自分勝手に振る舞ったり。その結果、会社は、たとえ技術やスキルが高くても変人を疎んじ、やがて変人は組織内に居場所がなくなってしまう……。そんなことが多くの会社で繰り返されています。

Reblogged from clione clitiques
dvdp:

140302

dvdp:

140302

Reblogged from dvdp